名古屋地方裁判所 平成9年(わ)2024号
主文
被告人を懲役一〇か月及び罰金三五〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、埼玉県戸田市美女木八丁目二二番二号に居住し、株式会社ヤクルト球団と平成七年(一九九五年)度野球選手契約を締結したプロフェッショナル野球選手であり、被告人の平成七年分所得税の申告手続につき、「中小企業相談協会」会長と自称する坂本行徳こと坂本幸則及び小菅誠に依頼して、坂本及び小菅の両名と共謀の上、被告人の平成七年分の所得税を免れようと、架空の顧問料を計上する方法により所得を秘匿した上、被告人の同年分の実際の総所得金額が一億〇、九六五万三、〇三三円であり、これに対する所得税額が源泉徴収された税額を控除して一、〇二五万〇、四〇〇円であるにもかかわらず、被告人が平成八年三月一五日に同県川口市西川口四丁目六番一八号所轄西川口税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が七、四六五万三、〇三三円で、これに対する所得税額が源泉徴収された税額を控除すると二二二万九、六〇〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正行為により被告人の平成七年分の正規の所得税額と右申告税額との差額一、二四八万円を免れたものである。
(証拠の標目)
(括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。)
1 被告人の公判供述及び検察官調書(乙2、3の二通)
2 秦真司(甲4)、坂本行徳こと坂本幸則(甲5、6の二通)及び小菅誠(甲7、8の二通)の各検察官調書謄本
3 加藤克巳の大蔵事務官調書(甲9)
4 大蔵事務官作成の証明書(甲1)、査察官調査書(甲2、10の二通)及び脱税額計算書(甲3)
5 検察事務官作成の証拠物複写報告書(甲12)
(法令の適用)
罰条 刑法六〇条、所得税二三八条一項
刑種の選択 懲役刑と罰金刑を併科
労役場留置 刑法一八条
刑の執行猶予 刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、被告人が共犯者坂本及び同小菅と共謀の上、架空の顧問料を計上する方法により所得を秘匿した上、被告人自らが被告人の平成七年分に関する内容虚偽の所得税確定申告書を西川口税務署に提出し、よって、不正の行為により一、二四八万円を免れたという所得税法違反の事案である。
被告人は、平成六年一二月一五日に株式会社ヤクルト球団との間でプロ野球選手として特殊技能による働きを球団のために行うことを目的として平成七年度野球選手契約を結び、契約金一億円を含む、二月一日から一一月三〇日までの間の働きに対する参稼報酬を得ることになり、平成七年一月セントラル野球連盟会長の承認を得て同契約の効力が発生し、現実にその報酬等の所得を得た。しかし、被告人は、その所得税の確定申告手続を頼む人の心当たりがなかったところ、平成六年一二月下旬ころ知人から坂本の存在を知り、同人に右手続を頼もうとしたが、そのときは一旦、思い止まったものの、平成七年八月ころ同球団所属の先輩選手からも坂本を紹介されて面談し、その際に坂本から「うちはいろいろな野球選手の税金を見ている。」などと言われた上、被告人と契約金が同額であるプロ野球選手に関する税額を計算したメモ等も見せられて「既に源泉徴収で二、〇〇〇万円くらい払っているだろう。うちに二、五〇〇万円払っても確定申告書の提出後に還付金が戻ってきて、結局、得をする。」、「うちに二、五〇〇万円払ってくれれば、その中から市県民税も払う。」、「うちが間に入って女性問題を解決したということにし、うちに顧問料として三、五〇〇万円を払ったことにすれば、税金が安くなる。野球選手は人気商売だから税務署もプライベートな話は追及しない。他の選手も同じようなやり方でやっている。」などと言って、架空の顧問料三、五〇〇万円を計上する方法により脱税するという話を聞かされたので、被告人は、できる限り収入を残そうと考え、その場で、坂本に対し脱税工作を頼んだというのであって、本件犯行の経緯・動機は、被告人の周りの者の紹介や坂本の甘い誘いがあったにしても、自己の利益を確保するあまり、法規範意識を鈍らせて国民の果たすべき納税義務を免れようとした自己中心的なものであり、その点において酌量すべき特段の事情はない。その後、被告人は、坂本へ報酬として二、五〇〇万円を振込み送金した上、顧問料の支払いを仮装のため、坂本からの指示に従って、一旦一、〇〇〇万円の返還を受けて再度坂本に対し同額を振込み送金する手続きをとったりして所得隠匿行為にも加担しているほか、他の共犯者小菅らが関与して作成した内容虚偽の本件所得税確定申告書の送付を受けて、これを自ら税務署に赴いて提出しているのであって、その犯行態様が計画的、かつ悪質であるほか、被告人の関与度も他の共犯者に比べて少なくはない。その結果、ほ脱額は多額なものであり、この犯行は、民主主義国家における申告納税制度を悪用したものであり、しかも、被告人がプロ野球選手として、前記野球選手契約の一七条にあるとおり、「個人行動とフェアプレイとスポーツマンシップとにおいて日本国民の模範たるべく努力することを誓約する。」とあることからも明らかなように、誠実な行動をとっている他のプロ野球選手や、まじめに納税義務を果たしている一般社会の人々に対して与えた影響も大きい。そのほか、多くの野球愛好者、プロ野球関係者などにも多大な迷惑を及ぼしていることにも照らすと、被告人の刑事責任を軽視することはできない。
しかしながら、被告人の脱税が一回限りであること、被告人は、本件後の平成九年二月二五日に本件に見合う平成七年分の所得税の修正申告をし、平成九年三月一八日その本税分を納付しており、その後さらに同年一〇月に平成七年分の所得税の再修正申告をしてその分も納付していること、重加算税等の未納分も納める見込みであること、被告人が自己の罪を償う気持ちなどから、昨年度のセントラルリーグ遊撃手ゴールデングラブ賞の受賞式の出席を辞退したほか、平成九年一一月下旬ころから平成一〇年一月上旬にかけて、更生保護施設や老人保健施設で社会奉仕活動を続け、その間の体験などもあって更生保護事業等に充てるためとして寄附行為をしており、さらに、公判廷においても、本件につき反省の態度を示しており、本件により自己の社会的責任、法的責任あるいは社会への貢献などにつき認識を深めていること、今後野球界や球団による処分など相当な社会的な制裁を受けるであろうこと、前科、前歴がないことなど被告人のために酌むべき情状も認められる。
以上の諸事情を勘案すると、今回は懲役刑の執行を猶予し、主文程度の懲役及び罰金に処する量刑が相当であると判断する。
(求刑・懲役一〇か月及び罰金四〇〇万円)
(検察官酒井治幸、同平野辰男、私選弁護人俵谷利幸 各出席)
(裁判官 山本哲一)